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千と千尋の神隠し 裏設定 ハクと千尋は兄弟?節子が登場!カオナシの正体!

TTY

誰もが知るジブリの名作「千と千尋の神隠し」。

その物語の描写の裏側には様々な裏設定が施されています。

公式の裏設定はありませんが、信憑性のある様々な解釈や考察が存在しています。

湯屋は風俗店だった

千尋が働いていた湯屋(油屋)は、風俗店(遊郭)をモデルにしています。

宮崎駿監督はインタビューで、「現代の社会を風刺的に描くため、あえて風俗店のような油屋を舞台にした」とコメントしました。

湯屋の浴槽はどこも仕切られており個室のような作りで、それぞれのお客様に湯女と呼ばれる女性がお風呂のお世話をしています。

日本では赤ちょうちん(赤い光)を古くから売春宿の印として使用されてきました。

湯屋の装飾には赤ちょうちんが多く使われていることから、江戸時代の遊郭をモデルにしていたのではないかと言われています。

これらのことから、湯屋は「風俗店(遊郭)」、湯女は「遊女(売春婦)」を示していると言えます。

さらに、千尋が「千」として働いていたのは、水商売で源氏名を使うからという理由からだそうです。

ちなみに、宮崎駿監督のインタビューで男性従業員はカエル、女性従業員をナメクジとしてイメージしていると言っていました。

ハクと千尋は兄弟だった

ハクの正体は千尋の死んだお兄さんだったと言われています。

その根拠の描写をご紹介いたします。

  1. 千尋に対して不自然に冷たい母親
  2. 川に伸ばす誰かの手
  3. 幻のテーマ曲「あの日の川で」

千尋に対して不自然に冷たい母親

映画の冒頭で、車から降りて両親が豚になるまでの母親の態度に注目して見てください。

・千尋が怖くてお母さんにくっついていると、「そんなにくっつかないでよ。」と言い、千尋を遠ざけた。

・川の岩場で足場が悪いため、千尋のお父さんはお母さんに手を差し伸べていますが、お母さんは千尋に手は差し伸べなかった。

・千尋とお母さんが話すとき目を一切見てなかった。

この不自然な母親の冷たさには理由がありました。

千尋が幼い頃に川で溺れていたところを兄が助けに入り、代わりに溺れて亡くなってしまったため、母親は無意識に千尋を遠ざけていたのではないかと言われています。

川に伸ばす誰かの手

下の画像は映画の終盤の描写になります。

この画像は、千尋が川で溺れていてそれを誰かが助けようとしている描写になります。

これは、溺れている千尋を兄が助けようとして伸ばした手だったのではないかと言われています。

下の画像は、幼いころに千尋が川で溺れて誰かに助けてもらったことを思い出すシーンですが、千尋は裸なので、伸ばした手は洋服を着ていることから、千尋ではないと言えます。

千尋はこの時のことを母親から少し聞いただけで覚えていませんでした。

ですが、ハクは千尋と会ったばかりの時に「千尋のことは小さい時から知っている」と言っています。

兄は溺れている千尋を助けようとして溺れて亡くなってしまいました。

人のために命を捧げた兄はニギハヤミコハクヌシという神様になれたと言われています。

幻のテーマ曲「あの日の川で」

皆さんが知っている主題歌は「いつも何度でも」ですが、この曲になる前は他の曲が主題歌になる予定でした。

それが、宮崎駿監督が主題歌として作詞した幻のテーマ曲「あの日の川で」です。

「あの日の川で」 作詞:宮崎駿

陽のさす裏庭から 忘れかけていた木戸をぬけ
生け垣から影おとす道をいく
むこうから走ってくる幼い子はわたし
砂場の足跡をたどって、もっと先へ
いまは 埋もれてしまった川まで

ゴミの間に水草が揺れている
あの小さな川で、私はあなたに出会った
わたしのクツがゆっくり流れていく
小さな渦にまかれて消える
(中略)
誰かのために生きている私
私のために生きててくれた誰か
私はあの日 川に行ったのだ
私はあなたの 川に行ったのだ

あの日の川で

この歌詞にある「誰かのために生きている私」は千尋のことを指し、「私のために生きててくれた誰か」が兄を指しているのではないかという説があります。

「私」が千尋で、「誰か」が兄(ハク)です。

「私のために生きてくれた誰か」は、自分を救い代わりに亡くなってしまった兄を、

「誰かのために生きている私」は、ハク(兄)のために命懸けで銭婆のところに行った千尋を指してているのではないでしょうか。

最後に乗った電車はあの世への片道切符

物語の中で、千尋が銭婆に会いに行くときに乗る「海原電鉄」。

しかし、この電車には帰りの電車がありません。

それは、この電車が向かう先は「あの世」だからです。

釜爺が千尋に切符を渡す時にこう言いました。

「間違えるなよ。昔は戻りの電車があったんだが、近頃は行きっぱなしだ。」

この発言から昔は死者の魂が戻ってくることがあったと読み取れます。

お盆は一年に一度、ご先祖様や亡くなった人を現世に遊びに来れるようにする風習があります。

この風習は時代とともに薄れてきたため、戻ってくることがなくなったと言われています。

「火垂るの墓」の節子が登場

千尋が銭婆に会いに行くときに、電車「海原電鉄」に乗りましたが、その途中に「沼原駅」に停車した際に、電車を見つめる1人の少女がいます。

この少女は「火垂るの墓」の節子とファンの間で噂になっています。

節子は栄養失調により、兄の清太より早くに亡くなりました。

兄の清太は「火垂るの墓」の終盤で幽霊の姿となって町にたたずんでいます。

節子を死なせてしまった自責の念から生まれ育った町に地縛霊となったのです。

ですが、節子は長い年月の間、この沼原駅で清太を待っていたのかもしれません。

ずっと巡り会えない2人のなんとも悲しい都市伝説です。

千尋はなぜ豚の中に両親がいないと分かったのか

宮崎駿監督はインタビューでこのことについて公言しています。

『宮崎駿監督インタビュー』より抜粋

『千と千尋の神隠し』が公開されたときね、最後の豚の集団を見て、千尋がお父さんとお母さんがそこにいないとなぜ分かったのか説明していない。論理としておかしいと、説明を求めるタイプの人達がいる。でも、僕はそういうのをを大事だと思っていないから。これだけの経験を経てきた千尋は両親がいないことが分かる。なぜ分かるか、でも分かるのが人生ですよ。それしかないんですよ。

宮崎駿監督インタビューより

カオナシは結局何者なのか?

千尋とカオナシが電車に乗り銭婆のもとへ向かう途中、カオナシの反対側のガラスに「サタン」という文字が一瞬流れます。

このサタンという文字がカオナシの正体をあらわす隠語となっているのではないかという都市伝説があります。

宮崎駿監督曰く「カオナシは誰の心にも存在する」現代の若者をイメージした。ああいう誰かとくっつきたいけど自分がないっていう人、いると思いますけどね言っています。

ですが、カオナシの正体については公表していません。

構ってくれた千尋の気を引こうとしていることから、どこにも居場所がなく、孤独で不安を抱えた存在がカオナシなのではないかと言われています。

千尋が元の世界に戻ってこれた本当の理由

千尋は湯屋で働く契約を湯婆婆とするときに、自分の名前を書き間違えています。

荻の「火」の部分を「犬」と書いてしまっているのです。

わざと間違えたのか緊張だったのかは分かりませんが、このおかげで千尋は自分の名前を思い出せたのではないかと、ファンの間で噂になっています。

もし本当の名前をサインしていたら、本名を思い出せないまま、現実世界には戻れなかったかもしれません。

千尋とハクはもののけ姫のサンとアシタカの生まれ変わり

「千と千尋の神隠し」の公式設定資料集の中に、同じスタジオジブリ作品「もののけ姫」のサンガ千尋の先祖であることが書かれています。

さらに、公式資料には書かれていませんが、アシタカの祖先がハクにあたると言われています。

日本の建国神話に登場する「アシタカヒコ」が、『もののけ姫』アシタカのモデルとなった人物です。

「アシタカヒコ」は、「ナガスネヒコ」と呼ばれる豪族の子孫で、「ニギハヤヒ」は「ナガスネヒコ」の祖先にあたる神になります。

ハクは、「ニギハヤヒ」という龍神がモデルとなっています。

  • ハク⇒アシタカの祖先
  • 千尋⇒アシタカとサンの子孫

ジブリ作品は歴史に基づいたことが多いですが、ジブリ公式では一切このような発言はありませんでした。

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